ブリザードの如く

正月から寒波が襲い ただでねぐ 寒い年末年始であった。その時の週間予報では、1月7日から吹雪になる予報が出ていた。まだまだ寒さが続くのかなぁ〜 と思いながら、除雪をするのにもいい加減イヤになって来た所であった。 正月寒波は12月中旬寒波の様な大きな被害はなかった。と前の記事に書いたが、それは大きな間違いであった。

秋田県南部、特に横手市では2m近くの積雪になっていた。県南部は雪の深い所ではあるが、2m近くの積雪は平年の4倍以上の積雪になる。自衛隊に災害派遣要請が出され、隊員の方が屋根の雪下ろしをしている映像がニュースで流れていた。 この大雪により、12月14日〜1月6日までに13人の方が亡くなった。雪下ろし中の事故というのは毎年聞くが、今年は屋根から落ちてきた雪に埋まって亡くなるという事故が多い様に感じた。

7日は吹雪の予報になっていたが、朝起きると丁度日が出て来た所でとても良い天気であった。もしかしたら、これが今年の初日の出だったかもしれない。 予報はハズレたのだろうか? と思う様な穏やかな日であった。 そんな中で昼過ぎからだろうか、先が見えない様な大雪になった。それはボタ雪の様な物で、わずか数時間で20cm程積もった。雪がやんで日が差し始めた所で除雪を始めている内、徐々に雲が厚くなる感じがし風も少し出て来た。

午後7時過頃だろうか、ご飯を食べているとテレビから警報音がなった。テロップには「竜巻警報」の文字が見える。それから間もなく稲妻が光り、雷鳴が聞こえる中で外は吹雪模様になっていた。それから風は更に強まり、家はガタガタと揺れる。そして、外からは何か分からない様な音が聞こえて来る。その時は本当に竜巻が来たと思い生きた心地がしなかった。これはもう吹雪なんかじゃなく「ブリザード」だ!!

翌朝カーテンを開けると

隣家のビニールハウスが破壊されていた。何十年もこの場所にあるビニールハウスだが、破壊されたのを見たのは今回が始めてであった。

近くの小屋の雨戸が外れている。この小屋の隣には、半壊になった空家があった。去年の夏頃に撤去されたが、もし空家のまま残っていたら、吹き飛んで周りに被害が及んだかもしれない。良いタイミングで撤去されたと思った。

今回の大荒れの天気で自分の家に被害は無かったが、広域で停電が発生し能代でも発生している状況がテレビのテロップに映し出されていた。その数は数千戸に及び、翌日のテレビの報道でもその数に変わりは無かった。昼になってもその数は変わらず、先の見通しが立たない状況に感じていた。

翌々日の新聞では、トップと社会面全部を使いその全貌が記事として載っていた。

記事によると、八峰町八森で最大瞬間風速42.4mを記録し能代でも35.3mを記録した。いずれも過去最大の記録らしい。 その風によって能代市では、落合・常盤・浅内・昇平岱・豊祥岱・柳町・二ツ井小繁などで最大4100戸の停電があった。停電は断線など様々な原因で発生しており、8日午後8時の段階でまだ約1400戸が停電していた。全面復旧までには、深夜まで掛かる見通しであったという。

10日の新聞には更に詳しい事が載っており、停電は8日午後10時57分に全面復旧し最長27時間余りに及んだ。 8日の朝に除雪をしていた時、防災無線で何かを叫んでいる声が聞こえた。何を言っているのかよく分からなかったが、避難所がどうとかと言っているのは聞こえた。避難所は、先の見えない停電に対しての事であったと後から分かった。 能代市で最後に電気が通ったのは磐・落合・坂形・須田・竹生で、竹生で数本の電柱が倒れた事が原因で復旧が遅れたのかもしれない。

能代山本の建物被害は合計で77件あり、ニュースでは能代駅前で飛んできた屋根が車を襲い、車の中に閉じ込められた事がニュースで流れていた。 このブリザードによる人身事故は発生しなかった様だった。しかし、停電中に発電機を使った方が、それが原因による一酸化炭素中毒で二名の方が亡くなった。

停電になった地域では、ほとんどの家が一昼夜を電気の無い状態で過ごした事になる。今の時季で一番困るのは暖房だろう。暖房製品のほとんどは電気で動いていると思う。普通の反射式ストーブを持っている家はどの位あっただろうか?

10年前の3月11日に東日本大震災が起こった。その時の能代は地震による被害は多くなかったと記憶しているが、2〜3日間停電が続いた。3月とはいえ時々雪が降る事もあり、まだまだ寒い時季であった。この時自分の家には反射式ストーブもあり、それで暖を取る事が出来た。反射式ストーブでは煮炊きも出来るため、部屋全体を暖める事は出来なくても重宝な物であると実感した。この件に関し、2017年12月の記事「反射式ストーブの修理」に記載。

反射式ストーブの修理
古い反射式ストーブが、タンクに灯油が半分以上入っているのに火が消える様になった。寿命かと思いつつも、再生が出来るかもしれないと思い中を開けてみた。原因は・・・。 東日本大震災の教訓から、電気が無くても使える道具は重要であると知った。

3月の寒さは厚着をする事である程度の我慢をする事が出来たと思うが、今回の様な氷点下の気温ではかなり厳しいモノがあったと思う。

嵐が去った後はまた冬型の気圧配置になり、また寒気が入り込んで月曜日までは寒い日が続く様です。去年の冬は暖かく今年の冬はそれの倍返しになっていると前に書いたが、倍どころか3倍にも4倍にもなって返って来ていると感じる

 

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