2024年元旦〜初日の出

今年の初日の出。元旦の日の出は7:02なのですが、日の出の方向に雲が掛かり、雲の上から太陽が頭を出したのが7:37でした。太平洋側に住んでいる方は元旦に初日の出を見れる事は珍しくないと思うのですが、日本海側に住んでいる人にとっては、元旦に初日の出を見れる事は極めて珍しい事です。

昨年出されていた長期予報では、今季は暖冬になると予想されていました。とはいえ、北国の冬は暖冬といっても暖かいとは限りません。今季は今までに二度の寒波の襲来があり、終日0℃以下の真冬日もあり積雪もそれなりにありました。その度に除雪をする訳ですが、豪雪でないにしても二時間近くの除雪は老体にこたえる。

年末は暖かくて、雨模様の天気でした。そのせいで、雪解けが一気に進みました。

 

現在の積雪は0cm。所々に見える雪は、除雪によって出来た雪山が残っているモノです。

今年の元日は本当に静かです。 昼頃に写真撮影のために外に出ましたが、音が何も聞こえない静寂の中にありました。秋木製鋼は完全休日らしく、作業音は一切聞こえない。町内の人の話し声も聞こえず、子供の遊び声も聞こえない。車も走らず、その音も聞こえない。中川原住民は、どこにも「ではる」事もなく家で正月を過ごしているのだろうか。米代川に停留中の白鳥、今日は妙に静かだ。昼飯でも食いにではったのだろうか。カラスさえ、その鳴き声が聞こえない。風音も聞こえず、無風の様だ。この時間、自分は無音の世界で何とも不気味な感覚になった。

能代で元日にこの様な天気になるのは珍しいのですが、64年間には何度かあったかもしれない。その中で自分の記憶に残っているのが、30年以上前の元日です。春の様な良い天気で、真冬なのに洗車を行っていました。正月に洗車でもないと思うのですが、久々の休日であった事と購入して間もない新車であった事。たぶんその頃が人生で一番忙しかった時期で、自由に出来る時間をほとんど取る事が出来なかった。そんな訳での洗車でした。この年も暖冬で、二月中旬にはバイクツーリングに出掛けました。それ程に雪の少ない冬だったと記憶しています。

去年も雪が少なかった。

今季の能代は暖冬?・・・
1月12・13日は全国的に暖かく、4月並みの気温になった所が多かった。それは能代も例外ではなく、1月として観測史上最高を記録した。ぽかぽか天気の中、能代の積雪は0cmです。暖冬のまま今年の冬は終わるのだろうか?外に目をやると、そこには・・・

しかし、その前年は記録的な豪雪でした。

能代・観測史上最大降雪
今季の冬は雪が多い!特に1月に入ってから降雪は止まらず、19日から21日にかけての能代地域の72時間降雪量は69cmを観測した。この降雪量は、1979年の統計開始以来 1月としては過去最大の降雪量になった様です。降雪により隣にある稲荷神社が雪で埋没しそうで・・

少雪・豪雪、暖冬・極寒は周期的に発生するのだろう。しかし、猛暑は毎年来る様になりました。地球温暖化の影響を思われますが、雨の降り方も異常な豪雨になる日が増えました。日本の四季が崩れ、春と秋を感じる季節が極端に短くなった。 冬に降雪が少ないと除雪する手間が減りとても過ごしやすい冬になりますが、この状態で去年の様な夏が訪れると確実に水が足りなくなる。

しったげ暑かった夏〜農作物は・・・
空には巻雲。地上ではススキ。もうすっかり秋なんだなぁ〜!という雰囲気があります。しかし、9月に入っても30℃超えの気温が続きまだまだ夏の気配が抜けません。とにかく、今年の夏は暑かった!この厚さは農作物にも影響が。新潟県魚沼では・・・ 

 

元日の午後にこのブログの原稿を書き始め、ダラダラと書き進めていた頃、16時6分に石川県能登地方で強い地震がありテレビ画面が地震速報に変わった。「また能登半島か!」と思っていた頃に部屋が揺れだした。結構強い地震だ! さっき発生した地震が今頃能代に届いたのか? と、思っていた頃に新たな地震が発生し最大震度は7と表示された。その地震が能代を揺らした。その時の能代の震度は3でした。間もなく津波警報が発令され、それが大津波警報に変わった。その時のNHKのアナウンスは鬼気迫るモノがあった。

津波の予想は3mと表示され、3.11が思い出されました。テレビでは港の様子が中継されていましたが、大きな潮位の変化は見られず安堵していました。しかし、津波の被害は発生していた。すでに夕闇がせまり、混乱の中で情報が入らなかっただけで、夜が明けるとその被害は確実なモノになった。3.11の教訓が生かされたのか、人的な被害がなかったのは幸いかも知れない。(一人が巻き込まれたかもしれないという報道もあり) この津波は秋田県までも到達し、秋田港では30cmの津波が観測されました。能代港では観測の発表はありませんでしたが、多少の潮位の変化はあったかもしれません。

火災の発生もあった。数軒が燃えて、やがて鎮火した様に見えた。しかし夜の中継では、30軒が100軒に。夜が明けると、200軒以上という大火であった。 この地震による犠牲者も初めは数人と報道されていましたが、夜が明けると被害の実態が明らかとなり、時が経つごとにその数は増えて70人以上の方が亡くなった。まだ50名以上の行方不明者がおり、まだ犠牲者は増える可能性がある。

元日の地震直後は頻繁に地震速報が流れ、まだまだ強い余震が続いていました。現在も余震は続いていますが、地震の強さは弱まる傾向にある。それでも、まだまだ震度3以上の地震が襲って来る。強い地震がトラウマとなり、少しの揺れにも過敏になり体調を崩す方が出て来るかもしれない。東日本大震災がそうである様に、10年以上経っても余震が続く可能性が高い。 今年は暖冬が予想されていますが、まだ一月初め。これからが冬本番で、一〜二月は能登半島でもそれなりの積雪や寒さになると思います。被災地では、二次災害が心配。

先に東日本大震災が発生し、能登半島地震。その間にある富士山に影響を与えないのだろうか? それとも、南海トラフ? 日本の地下深くでは何が起きているか分からない。今回の地震が呼び水となり、もっと大きな地震が引き起こされるのでは? と心配している。

今年はどんな年になるのだろう? 朝の妙な静けさは、能登半島地震の前兆だったのか? 元日から落ち込む気分になった。 ウクライナやガザの状勢も良くなる気配が見えなく、まだまだ長引きそうに思えます。 中東のあたりも怪しい感じがします。 ロシア・中国・北朝鮮との関係も良くない。 2024年の今後が心配に感じる。

 

北羽新聞の特集号です。正月は北羽新報社が休みなので、1月1〜2日分の新聞が12月31日の晩に配達されます。それを元日の昼過ぎに見るのが毎年の正月。ほとんどが広告で成り立っている紙面ですが、妙におもしろく思って読んでいます。 自分にとっての正月は、平日と何ら変わりがありません。せいぜい食卓に正月らしい料理が並ぶ程度で、酒量が増えるわけでもなく、いつも通りに時は流れる。職業柄 正月も仕事だったので、正月はゆっくり出来る環境ではなかった。長年の生活が習慣となり、仕事をリタイア後もその生活は変わらない。 何も変わらず、ただただゆっくりと時が流れてくれればそれで良い!

 

1月4日 午前10時頃、冬とは思えない快晴です。

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