10年目の3.11で思う事

2021年3月11日で、東日本大震災発生から10年目を向かえた。テレビでは特集を組み、その惨状から現在に至る事が番組として多く見られた。あれから10年が経っているが、復興が完全に済んでいる感じには見えず遅れている様に感じた。 当時の能代市は、揺れは大きかったものの大きな被害は無かった様に記憶している。ただ、停電だけは数日間続き不便な思いをしていた。しかし、自分の家のガス・水道・暖房は使えたので、生活する上では問題がなかった。その不便の中で一番問題と感じたのが、情報を知る事が出来なかった事。ただ一つの手段が、小さなラジオで不明瞭な音声を聞く事であった。その中で津波の事も報じられていたと思うが、その惨状を知る事になったのは停電が復旧しテレビを見る事が出来る様になってからで、音声だけではその事実を想像出来るはずもなかった。

3月11日当日には、10年の節目として岩手日報では号外が全国で配られた。大きな都市でしか配られなかったので能代市では見る事が出来なかったが、その号外を岩手日報のHPで見る事が出来た。たぶん、もう少しすると削除されると思ったので、ファイルで保管しておいた。

岩手日報 号外 震災から10年 (保存の仕方が悪かったのか、順不同になってしまった)

2月13日に、福島県沖を震源とするM7.3 最大震度6強の地震が発生した。3月20日には、宮城県沖を震源とするM6.9 最大震度5強の地震が発生した。 規模の大きな地震であったが、幸いな事に津波は発生しなかった。これらの地震は、10年前の地震の余震だという。それだけ東日本大震災の地震は、大規模な地震であった事が分かる。 前向きに生きようと考えても、また強い地震に会うと当時の記憶がよみがえり、心の奥底に負ったものは一生忘れられないと感じる。

2018年6月20日に、sonetブログで地震に関する記事を書きました。当時感じた事も現在と同じだった様に思います。そのブログをインポートしてまとめました。

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6月17日に群馬県で震度5弱の地震が発生し、ニュースで大きく報じられた。その前の16日には、千葉県で震度4の地震があった様だ。 そして18日に大阪で震度6弱の地震があり、多くの犠牲と被害が報じられている。大阪では、まだ余震が続いている様です。

16日には能代市でも地震があった。震度1で規模は大きくなかったが、ガタガタと一瞬揺れた。震源地が能代市であった様で、発表されている緯度・経度から調べてみると 「能代市鶴形・金拓」 その部落の下が震源地になっていた。 能代市が震源地になったのは、初めて聞いた気がする。

大阪で地震があった日の未明、「緊急地震速報」の音がなった様な気がして目を覚ました。東日本大震災以降、枕元にはiphoneを必ず置く様にしている。通常は時計や目覚ましとして使っているが、もしもの為の備えです。 それが夜中に急に起動し 「申し訳ありません、聞き取れませんでした」 と、いう様な事を言い始めた。どうやら寝ている最中に起動ボタンに触れ、そしてsiriを起動させてしまったのだろう。siriは何に反応したのだろう? 寝言を言っていたのだろうか?それともイビキだろうか? 朝に地震のニュースを見た時に、前兆だったのか? と思った。

東日本大震災以降、火山の噴火や大きな地震が多くなった様な気がする。最近では、今年の一月に草津白根山が噴火をし一名の方が亡くなった。2014年9月には御嶽山が噴火し、多くの方が亡くなり多くの方が被害を受けた。そして、まだ行方不明者もいる。いずれの山も活火山に指定はされているが、当時は噴火警戒レベル1の状態であった。 東日本大震災から七年が経つが、太平洋の東側では余震が続いており時々大きな余震も来る。

2016年に熊本で大きな地震があって以降、西日本を中心に大きな地震が起きている。今年の2月には台湾で大きな地震があり、そして今回の大阪地震へと続いている。今後、一番可能性の高い大地震としては南海トラフの事をよく聞く。

東日本大震災により、日本列島は歪んだ

日本列島が歪む事により火山の地下に影響を与えたり、断層に影響を与えた事は可能性としてあったと思う。 東日本大震災の後に、震源地の海底を調査した。その時の映像は、海底がズタズタであった様に記憶している。「日本沈没」というSF映画の、1シーンに似ている様な気がした。
いつかは必ず発生するとされている南海トラフ地震。近未来に発生すれば、脆くなっている日本列島の地下が崩れ、SF小説の日本沈没が現実的なモノになるかもしれない。

 

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