旧暦と立春

「新春 あけまして おめでとうございます」 という様な事を年賀状に書く。旧暦では1月から春が始まる事になるから、新暦になっても元旦にはこういう言葉を使っていると思う。今日は立春で、暦上では今日から新年が始まり春が始まる事になる。そうなると今日が旧暦の元旦かと思っていたら、そうは単純ではない様だった。旧暦は月の満ち欠けを基にした暦で、新月が月の初めになる。今年は2月16日が新月になるため、その日が1月1日となる様です。

暦には、月の満ち欠けの周期を利用した太陰暦と地球の公転周期を利用した太陽暦があるが、それぞれにメリットがあった。太陰暦は月の満ち欠けで日にちを特定出来るメリットがあるが、季節を知る事が出来ない。太陽を利用した場合、季節を特定する事は出来るが日にちを特定する事が難しい。そこでお互いのメリットを活かしたのか、太陰太陽暦と呼ばれている。太陰暦に、地球の公転日数を24等分して 二十四節気 として、実際の季節の目安として長い間使われてきた。太陰暦の場合、1年を12ヶ月とすると355日となる。そのため3年に一度に閏月を設けて、1年が13ヶ月の年があった。純粋に太陰暦を使った場合は1年に10日位づつずれていく事になり、17・18年後には真夏が1月という変な事になる。そして33年後には、一周回って元に戻る。太陰暦を使っているのはイスラム圏だけとされている。中東は四季の変化が少ないと思うからさほど困らないと思うが、四季がはっきりしている国は戸惑う事になる。仏教には、33回忌というものがある。33年経つと仏が神に変わるとされている。暦と何か関係があるのだろうか?

日本では、明治6年から新暦である太陽暦が採用された。改暦した理由が、13ヶ月の年には役人に支払う給料が増えてしまうからだという話もある。しかし当時は西洋から文化や技術が多く入ってきていた時期でもあったので、西洋に合わせて暦も変えたのではないだろうか。


日めくりカレンダーには、色々な事が書き込まれてある。ほとんどは日にちの確認程度の利用と思うが、中には月の満ち欠けによる潮の変化が生活に必要な場合もあるし、大安・仏滅を気にする方もいるであろう。

昨日は節分であったが、二十四節気である立春の前の日で、節を分けるという意味がある。節分が大晦日で、立春が元旦という事になる。各地の寺などでは豆まきが行われ、旧年の邪鬼を追い払い福を新年に呼び込むという意味だろうか。 能代市でも節分行事が行われていた。


(北羽新報より)
赤沼の報恩院では、毎年「水ごり」が行われている。昨日も午前11時から行われた様です。昨日は4.3℃と比較的暖かく、いつもより楽だったのではないだろうか。それでもこの時期に水ごりをするのは ただでねぇ 事に違いはない。自分の体を使い、邪鬼を払うという考えなのだろうか?当日が氷点下や吹雪になるという予報が出た時には、やはり憂鬱になるのだろうか?
その様な気持ちになる事自体が、俗人なのだろう。

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